工学理系の博士課程で3回留年し、除籍された先輩の話

工学博士課程で3回留年して、最終的に除籍された先輩の話

これは私の研究室の話ではないのですが、隣の研究室に所属していた博士課程の学生に降りかかった悲劇の話です。

私は修士時代にブラック研究室と名高い研究室に所属しており、研究室内の博士課程の学生が失踪したりと色々な問題を抱えていましたが、隣にあった研究室は非常に学びやすくホワイト研究室で通っていました。

そのホワイト研究室には3回留年している博士課程の生徒が通っており、専攻内でもちょっとした有名人になっていました。

そんな留年博士の学生をIさんと呼ぶ事にします。今回はこのIさんが大学側から除籍されるまでの話をしていこうと思います。

そもそも除籍とは?

博士課程というのはあまり聞きなれない単語かも知れませんが、簡単に言えば研究者として得られる学位の中で最高峰の物になります。

大学を普通に卒業するともらえる学位は「学士」、次に修士課程に2年間通うと「修士」、さらに博士課程に3年間通うと「博士」の学位がもらえます。そのため博士の学位を得られるのはストレートに進学していても27歳がほぼ最短になります(飛び級した場合を除く)。

さらにグローバルな環境で研究していこうと思うとこの博士の学位を持っているかどうかは非常に重要となってくる、栄誉ある学位なのです。

しかし、大学によっても微弱な差はあるのですがこの博士課程を3年間で卒業できない人、つまり留年を3回以上すると大学側から除籍という処分が下ります。

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この除籍は簡単に言えば大学側から「大学に所属しているという籍を消します」ということで、強制的に退学処分になると考えてもらえればと思います。つまり大学側からもう卒業見込みがないから出ていけと言われた形ですね。

なぜ3回も留年したの?

そもそもIさんはなぜ3回も留年したのでしょうか。それにはIさんが博士課程に進学した理由が大きな要因になっています。

Iさんは博士に入る前の修士時代も同じ研究室で過ごしており、本来は修士卒として一般企業に就職しようと考えていたようです。一方で就職に強いと言われる理系修士にも関わらずIさんは納得のいく内定先を得られず、修士で就職留年をするか博士課程に進学するかを迫られた結果、博士課程に進学しました。

まぁそんな理由で進学した博士課程に興味なんて出るはずもなく、Iさんはモチベーションを上げる事ができず鬱病を発症してしまったようです。それから研究室にはたまに来る程度で、ほとんど実験もせずだらだらと過ごしていたようですね。

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しかしそんな時間が流れるように過ぎていき、今度は博士課程での就活時期になります。そこではIさんはやる気をもって就活をしたようなのですが、修士時代に上手くいかなかった就活が何もしてこなかった博士になって上手くいく訳もなく、見事に就職先が見つからない状態になりました。

そこからIさんは本格的に精神を病み、専攻内でも有名人になるほど留年を繰り返す事になります。

あまり安易に博士課程に進学すべきではないですし、やるべき事をちゃんとやらなかったのですから同情の余地はありません。

博士課程卒業の最後のチャンス

そして博士課程卒業の最後のチャンスである博士6年目(3留済み)になります。そこまで無気力になっていたIさんですが流石に博士の学位は取っておきたかったらしく、最後の年は必死になって実験をしていました。

Iさんの研究室の教授は聖人のような人で、徹底的にやばい経歴をしているIさんの事をちゃんと卒業させようと動き回っていました。しかし、博士課程を卒業するには一定以上の査読難易度を持つ論文誌(IEEEなど)に論文を2本発行しなければいけません。この論文を通すのが非常に大変なんです。

しかもIさんは3留した段階でまだ1本も論文を通しておらず、結果的に1年間で2本の論文を通す必要がありました。本人は「1年間で2本の論文とか無理でしょ」みたいに言っていましたがそもそも6年も博士課程に在籍してなんで1本も出していないんだという話だと思いましたね。

ただ教授が手厚く指導したお陰か、12月の段階で論文を1本出せたようです。これまでのIさんの経歴を考えると論文を出せただけでも奇跡なのですが、さすがに12月からもう1本論文を出すのは無理だったようで、結局卒業条件を満たせずにIさんは除籍処分になってしまいました。

Iさんの悪い点を挙げるなら博士課程に進学する理由が「修士で就活に失敗したから」という、博士課程に在籍する目的とずれていた事ですね。高度な研究がしたいとか、博士の学位を取って研究者としてステップアップがしたいとかの理由じゃない時点で博士に行くのはあまりお勧めできません。

ただ、すごい気になるのはIさんが除籍になる事に一番悔しがっていたのが何故か教授で、Iさんは何かから解放されたような晴れ晴れとした顔で去っていったことです。

恐らくIさんは最後の1年間、本気で研究に打ち込んで充実した気分になっていたのでしょう。さながら部活の引退試合で負けた時のように悔しいような、やりきったような気分なんでしょうか。

もしくはこれまで束縛されていた研究室からの解放感に浸っていたのかは不明でしたが、本人は満足していたようでした。あまり良い結果にはなっていないんですけど、ずっと研究室にいても仕方がないのでこれはこれで良い結末だったんでしょうね。

このIさんの教訓から得られる事は

  • 目的意識のない行動は良くない(就活失敗⇒博士は論理破綻している)
  • 不本意な状況でもやるべきことをやる

こんなところですかね。

今回の記事はここまでにしようと思います。

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